サンプル投稿 boy meets

 然も、現在に於て、これらの作家は、大衆作家として第一流の名声を獲得しているが、その当時に於ては、殆んど人の知る者無く、読書階級に於ては勿論、一般の人々にも迎えられていなかったものであった。
 震災後に於て、プラトン社より「苦楽」が出て、講談物を一蹴して、新らしき興味中心文芸を掲載すると同時に、この新らしき機運は大いに動いて来たのであった。そうして新聞社関係の人々は、こういう作品に、新講談という名を与え、文藝春秋、新小説の人々は、読物文芸という名によって呼んでいたのである。
 その内に、白井喬二が、大衆文芸という名称を口にし、同氏が擡頭すると同時に、この名称が一般化して、今日の如く通用する事になった。字義の正しさより云えば、大衆とは、僧侶を指した言葉であるが、震災前に、加藤一夫らによって、しばしば民衆芸術、即ち、現在のプロレタリア芸術論の前身が、叫ばれていた事があり、それと混同を避ける為に、熟語である「民衆」よりも、新しく、「大衆」という文字を使用したのであって、民衆も大衆も、多衆の意味であることに、何等相違はない訳である。

 速筆にて、一時間五枚乃至十枚を書き得。最速レコード、十六枚(踊子行状記の最終二十四は、この速度にて書く)
 酒は嗜まず。野菜物を好む。煙草は、マイミクスチユアか、スリーキヤツスルのマグナムに限る。但し、金がないとバツトにても結構。
 飛行機好きにて、旅客中、最多回數を搭乘し、レコード保持者たり。
 パノール號ロードスターを自家用自動車として所有す。中古千五百圓なりし品にて、菊池寛氏と共有の物なり。同氏と、文藝春秋社と、三者にて使用し、月經費を三分しつゝあり、圓タクよりあし。
 趣味――圍碁二段に二三目。將棋八段に二枚落。麻雀無段。カツフエ、待合、旅行、競馬嫌ひなもの無し。
 資産  自動車半臺分。刀劍少々。

「宗一、これが卵やで、御飯へかけて上げるから、たんと食べて、身体を丈夫にせんといかんで」
 と云つて、熱い飯に、卵をかけてくれた。それから、間食をした記憶が無い。可成り大きくなつてから、八の日に立つ縁日に行く時二銭もらつた記憶がある。そして、何を買はうかと、縁日中さがして歩いて、何も買へないでとうとう戻つてきた。十二三からは、父の後方について、質屋だの、古着市へ行つて、父と二人で古着を背負つて戻つてきた。中学へ行くやうになると、毎日、油揚げの菜ばかりなので、
「湯葉が、たべたいな」
 と、いふと、母が、湯葉の屑を、風呂敷に一杯買つてきてくれた。僕の弟も、この湯葉屑の弁当を、随分持たされたらしく見受けるが、僕のせゐであらう。その時分から、十歳年齢の下の弟が生れたので、これを背負つて、夕方、母の代りに、本町から骨屋町へ、惣菜を買ひに行つた。